社労士コラム
2026年10月21日 2026年10月20日 更新

人事評価に基づく賃金減額のリスクと就業規則改定のポイント

目次

人事評価に基づく賃金減額の仕組みや、降格に伴う基本給の減額等を導入・見直しされる会社が増加しています。しかし、就業規則や賃金規程の整備が不十分なまま運用を行うと、従業員から効力を争われた際に「減額が無効」と判断される法的リスクが存在します。今回は、裁判例からみる減額の有効性やリスク、規程改定のポイントを解説します。

賃金減額をめぐる判断基準とリスク

そもそも賃金減額を伴う降格には、「人事権の行使としての降格」と「懲戒処分としての降格」があります(今回は主に「人事権の行使としての降格」について解説します。)。

降格による権限や責任の低下に伴い、賃金が減額されることがよく見受けられます。人事権の行使としての降格は、会社の裁量的判断により行うことが可能とされますが、労働契約上、使用者が一方的に賃金を引き下げることは原則として認められません。

この点、就業規則や賃金規程に合理的な規定が存在し周知されていれば、人事評価等に基づく賃金減額も一定の範囲で有効と判断され得ます。裁判例では、主に「根拠規定の有無と明確性」「評価や運用の合理性」「激変緩和措置の有無」等が総合的に考慮されます。

規定の明確性と周知不足によるリスク

賃金は労働者にとって重要な労働条件であるため、減額を行うには就業規則や賃金規程において、減額事由やそれに対応する具体的な減額幅が客観的に読み取れるよう定められていることが求められます。

住友不動産ベルサール事件(東京地判令和5年12月14日)では、降格自体は有効とされたものの、それに伴う本俸の減額については無効と判定されました。同社の給与規程には「能力、実績等を参酌し降給することがある」という抽象的な定めしかなく、どのような場合にどの程度の金額が減額されるか判読できないとされたためです。また、会社側が別途用意していた賃金テーブルについても、労働者に周知されていなかったことから、労働契約上の根拠として認められませんでした。

一方で、日本プライベートエクイティ事件(東京地判令和6年3月29日)では、給与規程に「職員の能力、勤務成績等を考査して年1回原則として4月に基本給の改定を行う」とのみ規定されておりましたが、「給与規程自体の記載が簡易であっても、人事評価制度を導入する際、賃金テーブルや昇給テーブル、評価基準等を記載した資料が社内説明会で明示・周知されていたため、不合理とまではいえない」とされました。

不利益緩和措置の重要性

1回の降格や評価によって大幅な賃金引下げを行う場合、労働者の生活に与える打撃が大きいため、権利濫用と判断されるリスクが高まります。

あんしん財団事件(東京地判平成30年2月26日、東京地判令和4年1月31日)では、降格に伴い長期的に大幅な減額が生じる制度設計でありながら、減額幅が10%を超える部分に対して調整給を支給する等の激変緩和措置が講じられていたことや、客観的な降格基準(直近4回の半期評価で下位評価を2回取得等)に基づいて運用されていたこと等から、降格および賃金減額の有効性が認められました。

職務変更を伴わない減額のリスク

特定の従業員の問題行動やハラスメント行為等に対して、役職や職責、業務内容の変更を一切伴わずに基本給等の賃金のみを引き下げる措置は、労働基準法第91条が定める「減給の制裁(懲戒処分としての減給)」とみなされるおそれがあります。もし減給の制裁と判定された場合、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えてはならない、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない、といった厳格な制限を受けます。

ビジネクスト事件(東京地判令和2年2月26日)では、二度の降格が行われ、一度目は有効、二度目は無効と判断されました。

一度目は、入社から7カ月間で売上・契約数がともにゼロという著しい業績不振があったこと等を理由として、人材開発部部長の任を解かれ、職務等級の引き下げに伴う減給がされ、有効と判断されました。

そして、一度目の降格からわずか3か月後、ハラスメント等を理由として職務等級がさらに引き下げられ、減給されましたが、次の理由から無効と判断されました。

  • ハラスメント等とされる事由の認定根拠が弱いこと

  • 一度目の降格からわずか3か月という短期間での再処分であること

  • 職責や職務内容の変更を伴わない減額であり、実質的に労働基準法第91条が定める「減給の制裁」に該当し、法定の限度額を超過していること

職務変更を伴わない賃金のみの引き下げは「減給の制裁」とみなされるおそれがあり、また短期間での度重なる降格は権利濫用と判断されかねないという点には注意が必要です。

実務における就業規則改定と整備の手順

裁判例の動向を踏まえ、自社の人事評価に基づく賃金減額制度を適正に運用するためには、次のような社内ルールの見直しと手順が必要となります。

賃金テーブルの策定と明確な周知

資格等級や役割、役職ごとに対応する金額を定めた「賃金テーブル」を整備し、就業規則や賃金規程の別表として位置付けることが望ましいです。これを社内イントラネットへの掲載や書面配布等により、全従業員がいつでも確認できる状態に周知することが重要です。

降格・減額基準の具体化と規定例

抽象的な文言のみの規定を改め、昇降格や減額が行われる客観的な要件を明記します。以下に賃金規程における見直し規定案の例を示します。

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公正な評価プロセスの構築と不服申立制度

制度上の規程整備に加え、運用の公正さを担保することが重要です。評価結果については面談を通じて本人にフィードバックし、評価に対する異議申し立てができる窓口や手続きを設けておくことが望まれます。また、降格や減額を行う際は、根拠となる具体的事実(数値や行動記録)を事前に整理し、事前に面談を行って理由を丁寧に説明した上で、書面(辞令)にて通知するプロセスを徹底する必要があります。

おわりに

会社の人事権の裁量の範囲内において、人事評価に基づく賃金減額や人事制度の見直しは、適切な規程整備と周知徹底がなされていれば有効に行うことが可能です。一方で、根拠規定の抽象化や賃金テーブルの周知不足、激変緩和措置の欠如等は、労使トラブルや法的リスクに直結します。

自社の就業規則、賃金規程や人事評価制度が現在の裁判例の基準に照らして十分な内容となっているか、今一度点検を行い、必要な改定を進めていくと良いでしょう。

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