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2025年12月17日
社会保険労務士法人味園事務所 代表社員所長 味園 公一
日本では、結婚に伴い夫婦のいずれかが姓を変更することが一般的ですが、働き方の多様化やキャリア形成の観点から「ビジネスネーム」を使いたいというケースが見受けられます。今回は、ビジネスネーム使用に関する背景と企業が取るべき対応ポイントについて紹介します。
ビジネスネームとは、戸籍上の氏名とは異なる、仕事上で使用する通称名のことをいいます。
長年にわたり「選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)」に関する議論がされているところですが、現在の民法においては、婚姻に際して、いずれか一方が必ず氏を改めなければならないことになっています。特に、男女共同参画局によると、結婚して氏を変えるのは、女性が94%(2024年時点)と未だ高い割合で推移しています。
そのような背景の中、女性活躍推進やダイバーシティの流れがあり、性別に関係なく、キャリアや専門性を維持するために、結婚後も「結婚前の氏」を使って仕事を続けたいという声は強まっています。
また、近年では性自認に基づく名前を使いたいというケースや、DV等の家庭事情によって通称名を使いたいという声もあり、ビジネスネームは「働く人の尊厳を守る仕組み」として注目されています。
ビジネスネームは、従来の「旧姓使用」という枠を超え、個人のアイデンティティや働きやすさを尊重する新しい考え方です。
令和7年6月11日に、カスタマーハラスメント防止のための措置義務を規定した「改正労働施策総合推進法」が公布され、2026年秋頃の施行が予定されています。カスタマーハラスメントでは、身体的な攻撃、威圧的な言動、土下座の要求や金銭補償の要求のほか、悪質なクレーム対応からストーカー被害に発展するようなケースも想定されます。
企業として、従業員を守るための方針を明確化したり、相談体制を整備したりといった対応が求められます。そのような背景の中、顧客対応の場で本名を名乗ることは、リスクを伴うと考えられています。
そこで、従業員が身に付ける名札から個人が特定されてカスタマーハラスメントの攻撃対象にされないよう、本名ではなくイニシャル表記に変更する等、表示方法を変更する企業や地方自治体が増えています。
社内外に関わらず、プライバシー保護と心理的安全性、その他アイデンティティ等への配慮から、ビジネスネーム使用への関心が高まっています。
現在では、政府もこの流れを後押ししているようです。健康保険被保険者資格確認書(旧:被保険者証)、運転免許証、住民票、マイナンバーカード、印鑑証明書、パスポート等に旧姓(通称名)を併記できる制度が整備され、ビジネスネームの社会的認知は確実に広がっています。これにより、契約や本人確認の場面で旧姓を使いやすくなり、企業における対応も求められる時代になっています。
ただし、企業としては、給与明細、雇用契約書、社会保険や税務関連等、法令上、本名の使用が義務付けられているものを明確に把握しておく必要があります。また、旧姓をビジネスネームとして使用する場合、旧姓と本名の双方を企業で管理することになるため、個人情報保護の観点も重要になってきます。
ビジネスネームの使用に関して、企業の対応について法律上の義務はありません。しかし、合理的理由なく拒否し、特定の性別に不利益を与える場合は「間接差別」と判断される可能性があります。
過去の裁判例では、旧姓使用を認めないことは違法ではないとされましたが、「状況に応じて配慮することが望ましい」との判断が示されています。つまり、企業には柔軟な対応が求められているのです。
平成27年最高裁判決では、夫婦同姓制度を合憲としつつも、旧姓の通称使用が広がっていることを合憲理由の一つに挙げています。これは、社会的にビジネスネームの重要性が認められている証拠と考えられているようです。
ビジネスネームの使用は、働きやすさとキャリア継続を支える重要な仕組みです。企業は法的義務がないからといって対応を後回しにするのではなく、ダイバーシティ推進やカスタマーハラスメント対策の一環として積極的に取り組むべきです。次の4つのポイントを押さえましょう。
まず、就業規則や「ビジネスネーム使用規程」を作成し、ビジネスネーム使用に関する範囲、手続き、管理方法を明記しましょう。あわせて、カスタマーハラスメント防止やプライバシー保護等の目的を明示することをお勧めします。
ビジネスネームの使用範囲については、名刺、名札、メールアドレス、社内システム、組織図等、具体的に定義しましょう。 その他、給与明細や雇用契約書等の法定帳票、社会保険や税務関係手続きについては本名で対応する旨を明記しておくとよいでしょう。
社内様式として「ビジネスネーム使用申請書」を用意し、承認プロセスを定めておきましょう。ビジネスネームの使用開始日や使用範囲を明記し、管理担当部署で一元的に管理・対応しましょう。
ビジネスネーム使用にあたっては、本人の意向を尊重し、情報共有範囲を限定します。社内でビジネスネームを使用する場合も、不要な開示を避けましょう。
社内イントラや説明会で制度を周知し、ビジネスネームを希望する社員が安心して申請できる環境を整えます。
その他、顧客や取引先に与える印象に配慮し、社外からの問い合わせに備え、「従業員の安全確保のためビジネスネームを導入している」のような説明ができるよう準備をしておきましょう。
ビジネスネームの使用は、法的義務ではないものの、企業の柔軟な対応が求められる時代になっています。キャリア継続や働きやすさの観点から、ルール整備とプライバシー配慮を両立させることが重要です。
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