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2026年07月08日
水谷IT支援事務所代表 水谷哲也
AIという言葉を聞かない日はなくなりましたが、そもそもこの言葉は70年前(1956年)に開催されたダートマス会議で生まれました。またAIの研究から認知科学という新しい学問も登場しています。
ダートマス大学で数学の助教授を務めていたのが、ジョン・マッカーシーです。彼は関数型プログラミング言語「LISP」や、汎用機のTSS(タイムシェアリングシステム)の開発で知られています。
このLISPという言語が日本で注目を集めたきっかけが、通商産業省が1982年から1992年にかけて実施した「第五世代コンピュータ」という国家プロジェクトです。これは人工知能コンピュータの開発を目指したものでした。当時の日本はバブル時代で「いけいけどんどん」という活気ある雰囲気があり、電子立国を目指していました。
当時のAI研究の主流は「LISP」でしたが、やがて論理型言語「Prolog」も注目されるようになります。「Prolog」では「ソクラテスは人間である。人間は死ぬ」という命題を与えると、三段論法によって「ゆえにソクラテスは死ぬ」という結論を導き出すことができました。第五世代プロジェクトではLISPやPrologを中心に推論エンジンなどが色々と検討されましたが、使いこなすには述語論理などを学習する必要があり、導入のハードルが高かったという側面もあります。また、「人工知能」という言葉から、マスコミが「現在のような自然言語を理解するコンピュータが近々完成する」と報道したため、世間一般の期待とプロジェクトの実際の進行度との間には距離がありました。
当時、技術者の間ではLISPが流行していましたが、LISPで「真(True)」を表す記号が「T」だったことから、次のようなジョークが流行しました。LISPプログラマが喫茶店に行き、ウェイトレスに「コーヒーにしますか?」と聞かれた際、彼らが「T(True:はい)」と答えるため、いつも「Tea(紅茶)」ばかり飲まされることになった、というものです。
1956年の夏、ジョン・マッカーシーの呼びかけにより、マービン・ミンスキーやクロード・シャノンなど若き研究者がダートマス大学に集まりました。発起人であるジョン・マッカーシーが、まさにこの時に「AI(人工知能)」という言葉を考案したのです。
会議は「人間が行っている思考、言語、抽象概念などは、すべてコンピュータのプログラムとして再現できるはずだ」という仮説からスタートしました。ダートマス大学に集まったメンバーは、「チェスを指したり、翻訳をしたりすることも、数年の研究で解決できるだろう」と楽観していました。ところが、研究を進めていくと、「すぐに解ける」と思っていた課題が、実は途方もなく難しいものであることが分かっていきます。つまり、「人間は実はとてもすごいことを行っているのだ」ということが再認識されたのです。
それまでは数学、心理学、電気工学などの各分野で個別に「機械に知能を持たせる」研究が行われていましたが、これらを統合して一つの独立した学問とする必要性が出てきました。そうして誕生したのが「認知科学」です。認知科学とは「心」を追究する学問であり、数学、神経科学、心理学、言語学、コンピュータ科学、哲学など、多様な分野が融合しています。ダートマス会議は、一方では「AI」という巨木を育て、もう一方では人間の心を解き明かす「認知科学」という学際的な大樹を育てる契機となったのです。
認知科学の領域に「哲学」が含まれているのは象徴的です。そもそも心、知覚、意識といった概念は、哲学者たちが何世紀もかけて議論してきたテーマだからです。
認知科学の研究が進むにつれ、人間の脳は生存のために、無意識レベルで徹底的に手抜き(省エネ)をする仕組みになっていることが分かってきました。また、私たちは「自分の心や頭で思ったこと・考えたことに基づいて行動している」と意識していますが、実際には「これをしよう」と意識するよりも前に、脳が活動を開始していることも判明しています。どうやら人間は、無意識にとった行動を後から正当化するために、「自分で考えて行動した」ということにしているようです。私たちが日常で見ている世界も必ずしも正しいものではなく、たとえば地平線や水平線に近い月が大きく見えるのは、人間の脳が距離感や周囲の風景を錯覚しているからに他なりません。
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