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column
2026年08月12日
水谷IT支援事務所代表 水谷哲也
「ロックイン効果」という言葉があります。例えば、最初に買ったパソコンがマッキントッシュであれば、古くなって買い替える際にもウインドウズやリナックスに乗り換えることは稀です。メーカーが変わると使い方を覚え直す必要があり面倒だからです。そのため、多くの人が同じメーカーの商品を購入し続けます。この乗り換え時に顧客が負担する、手間などの心理的負担や費用を「スイッチングコスト」と呼びます。
コンピュータ業界では、このロックイン効果という言葉を頻繁に耳にします。「ベンダーロックイン」と呼ばれる状態があり、特定のベンダーの製品やサービスに深く依存すると、他社の製品やサービスへ移行できなくなってしまいます。かつてのメインフレーム時代は、IBMが開発した汎用大型コンピュータとOSが市場を席巻していました。他社へ乗り換えようとすると、膨大な時間をかけて開発したCOBOLプログラムやデータ資産をゼロから書き直す必要があったのです。
サーバー時代になっても状況は変わりませんでした。特定のメーカーのサーバーに依存した業務ソフトを構築すると、そのメーカーのサーバーを使い続けるしかなくなります。他社へ変更するには、業務ソフトを作り直す「再構築」を行うしかありません。特に官公庁のIT担当者は技術に疎いことが多く、定期的な異動により利用部門の業務にも精通していない場合があります。相談を受けたベンダーが自社しか対応できない仕様を提案書に組み込んでしまうと、入札に応札できる企業が減り、結果として同じメーカーのサーバーを使い続けるしかなくなります。業務や技術に詳しくないIT担当者にとっては、これまで面倒を見てくれたベンダーに任せておくのが安心という側面もあります。
これはソフトウェアでも同様です。イラストレータやフォトショップの使い方を一度習得してしまうと、後からより良いソフトが登場しても勉強し直すのが面倒になります。また、これまで作成したデータを移行(コンバート)しなければならない場合もあります。そのため、スタートダッシュで市場占有率を高めておけば、後から他社がより優れた商品を投入しても、市場占有率は簡単には下がりません。なかには顧客の囲い込みを狙い、外部にデータを抽出する機能の価格を異常なほど高額に設定しているソフトもあります。
昔、ワープロソフトといえば「一太郎」が主流でした。特に「ATOK」という日本語入力システムが優れており、市場を独占していたのです。そこへ参入してきたのがマイクロソフトでした。ワードを引っさげて登場したものの、付属の「IME」という日本語入力システムはいまいちで、別途ATOKをインストールするユーザーが多く見られました。
そこでマイクロソフトが取ったのが抱き合わせ戦略です。ウィンドウズの普及とともに「マイクロソフトオフィス(ワード、エクセル)」とIMEをPCメーカーへ安価で提供し、標準搭載(プレインストール)させました。最初から無料で使えるオフィスやIMEがある中で、わざわざ追加で数万円を出して一太郎やATOKを買い足す必要性は薄れ、スイッチングコストのハードルが逆転してしまったのです。こうして標準搭載によって大量に普及させた結果、やがてワードとIMEが市場を席巻することになりました。その後、不当な抱き合わせ販売として独占禁止法違反で摘発・行政処分を受け、一定のブレーキはかかったものの、市場の潮流を完全に覆すまでには至りませんでした。
これまで業務ソフトは、仕様書が存在しなかったり、存在しても更新されておらず信用できなかったりしたため、必然的に従来のソフトを使い続けるしかありませんでした。しかし、この状況は生成AIの登場によって変わりつつあります。
既存のプログラムから生成AIを活用してリバースエンジニアリングを行い、仕様書を自動生成できるようになったためです。内容のチェックは必要ですが、仕様書さえ出来上がってしまえば、そこから希望するプラットフォーム向けのプログラムを再作成できます。これにより、これまで障壁となっていたスイッチングコストを大幅に下げることが可能になりつつあります。
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